2008年09月11日

熊野古道②

『果無山脈展望を愉しむ峠越えコース』(徒歩時間3時間7km)。つまり『熊野古道の一部、藤原定家も詣でた参詣道の四王子を経由し熊野大社を目指すコース』とはいかなるものだったか?



テレビなどによく出てくる、少し霧のかかった山道が延々と続くものだと思っていましたが、そういうものでもなく実際は左のような、のどかな生活道路も立派な『熊野古道』なんですね。

この日は実にいい天気icon01。暦は9月に入っているのに空には中にきっとラ○ュタがあるような積乱雲icon02も見受けられました。

道中、団体さんにも出会い、休憩していたら熊野名物「那智黒飴」(懐かしいiconN04)をいただきました。あまりにおいしかったので帰りに買いましたよ、『那智黒』。
那智黒飴、幼少時みょうちくりんなCMがあったのを思い出し、道中「那智黒iconN07イェイイェイ」と喜んでいました。








道中はこーんな花や


こーんな花も咲いていたのでブログ用にぱちりカメラ


もはや熊野詣というよりハイキングに近い状態。『神々の詩』の雰囲気はどこへやら、どちらかというと『日本ちょっと昔話』といった風景の連続ですが大変楽しかったです。
道中、不思議な瞬間がありました。山道の途中、山が一瞬ざわつくのを感じました。僕だけかと思ってましたが嫁も同じように感じたらしく「そらぁ神の山ですからこういうこともある。」と納得。


虻・スズメバチなどの危険にさらされながらも眼下に熊野本宮大社を見下ろすまでにいたりました。

熊野詣もそろそろ佳境にはいります。時はあたかもサッカー日本代表サッカーがバーレーンと戦った日。内容は良くも悪くも日本らしい3-2。
の内容を熊野大社の八咫烏(やたがらす)サマにお伝えし、とこしえに日本代表、松井大輔の活躍をお願いせねば・・・

というわけで次回は最終回『熊野古道③』5行拡大スペシャルでお届けします。その後は膳所に帰りますので、あと一回だけお付き合い下さい。




つんつん続く  

Posted by ぱち朗 at 21:04Comments(0)TrackBack(0)熊野古道

2008年09月10日

熊野古道 ①

帰ってきてびっくりしました。
『トマトちゃん』(2008)の興行は最悪でした。アクセスは1/3に激減・・・・

なんですのん?俺は膳所ネタでいくしかないんですか?
まぁ、『膳所ぶろ』と謳う以上はねぇ・・・

ですが、めげずに今度は紀行番組『神々の詩』みたいに行きます。



日曜日から熊野古道に行ってきました。
いや、確かに聞こえてきましたよ。『姫神』サウンドが!(陳腐・・・)
ぱち朗は本来、『神』の領域に近づくことを嫌います。それはあまりにも畏れ多いから・・・だから屋久島には行きたくてもいけません。逆に行きたくても行けないのが南方の島にあるという『ホタルの木』(これは伝説)。

ですが、近づいてしまえば最大の敬意を以て楽しんじゃうのがO型人間。さんざん熊野行きには反対しましたが、行けばノリノリ。嫁より楽しんでいました。


熊野古道(くまのこどう)は、熊野三山(熊野本宮大社、熊野速玉大社、熊野那智大社)へと通じる参詣道の総称。「熊野参詣道」として国の史跡に指定され、2004年に「紀伊山地の霊場と参詣道」としてユネスコの世界遺産(文化遺産)として登録されたそうで、これは「サンティアゴ・デ・コンポステーラの巡礼路」(スペイン)と共に珍しい道の世界遺産であるらしい。
・・・というのはこの文、現在問題となっているWikiのコピペのりライトでーす。

ぱち夫妻が歩いたのは田辺・熊野三山を通る中辺路(なかへち)。といってもこれは熊野にいったらもらえる『紀伊山地の霊場と参詣道 熊野古道』に紹介されている果無山脈展望を愉しむ峠越えコース(徒歩時間3時間7km)なのだ。
つまり自分達は神の気配をほんのちょび~っと感じているに過ぎないんですね。



熊野古道、とりわけごっちゃになってしまうのは、中世天皇家の熊野詣がブームになっていたらしく、上は上皇、下は庶民にいたるまで京大阪熊野間の交通が活発になってたようです。道中『王子』とよばれる石碑がありましたが、これは熊野古道の道しるべではなく大阪熊野間の道標であり、これをもって熊野古道というのはどうやら間違いみたい。

どうやら自分達は「熊野古道の一部、藤原定家も詣でた参詣道の四王子を経由し熊野大社を詣でました」というのが正しい!
さて、どんな道中になったのかはまた次回。
 
つんつん続く







  

Posted by ぱち朗 at 12:25Comments(0)TrackBack(0)熊野古道